完璧を拒絶する香水。L’Entropiste(ラントロピスト)が提案する「不均衡の美学」
完璧に調和の取れた香り。万人受けする心地よさ。そんな「完成された美しさ」だけが、本当に私たちの心を動かすのだろうか。
フランス発のニッチフレグランスブランド「L’Entropiste(ラントロピスト)」は、香水業界の常識に一石を投じる。
このブランドが提案するのは、緊張感、不均衡、そして時に着用者を戸惑わせるほどの複雑さ。それは、美しさの新しい定義を探る試みだ。
- 伝説の調香師が、なぜ「無秩序」をブランド名にしたのか
- 「エントロピー」という哲学。バランスは、カオスを通過した先にある
- 日本の香水愛好家が、ラントロピストの「挑戦的な香り」に惹かれる理由
- 「心地よくない」という評価が、むしろ芸術性の証明になる
- “Ensang Noir”に見る、「不均衡」の美学
- “Dawn Whispers”と”Jodhpur 6AM”。予期せぬ展開が生む、動的な美しさ
- ジャコメッティの彫刻から着想を得た、動的なボトルデザイン
- €295.00という価格が意味するもの。芸術性と排他性の戦略
- ディスカバリーセット。6つの「嗅覚実験」を体験する意味
- 「完璧さ」を疑う勇気。ラントロピストが示す、香水の未来
- L’Entropiste(ラントロピスト)香水 商品情報
伝説の調香師が、なぜ「無秩序」をブランド名にしたのか
L’Entropisteを創設したベルトラン・ドゥショフールは、40年以上のキャリアを持つ伝説的調香師だ。
Amouageの”Jubilation XXV”、L’Artisan Parfumeurの”Timbuktu”、Comme des Garconsの”Avignon”など、インセンス(お香)を用いた名作を数多く生み出し、「インセンスの神」と称されてきた。
そんな彼が、キャリアの集大成として選んだブランド名が「L’Entropiste」。フランス語で「カオスを創る者」を意味するこの言葉には、彼の創作哲学が凝縮されている。
参考:L’ENTROPISTE: New Niche Brand by Bertrand Duchaufour
「エントロピー」という哲学。バランスは、カオスを通過した先にある

ブランドの核となるのは「エントロピー(無秩序)」という物理学の概念だ。
宇宙のすべてが秩序から無秩序へと向かう法則を表すこの言葉を、ドゥショフールは香りの創作原理として採用した。
「私はダイナミクスを生み出すために、意図的に不均衡を導入します。緊張感と予期せぬコントラストを生むことで、ハーモニーが立ち現れるのです」と彼は語る。
つまり、L’Entropisteの香りは、心地よいバランスで始まり、混沌とした中間段階を経て、新しい調和へと到達する。その過程は、着用者に「解体と構築の連続的なダンス」への参加を求める。
それは単なる香水ではなく、哲学的な体験なのだ。
参考:L’ENTROPISTE: New Niche Brand by Bertrand Duchaufour
日本の香水愛好家が、ラントロピストの「挑戦的な香り」に惹かれる理由
2025年12月12日に日本で本格展開を開始したL’Entropisteだが、実は10月の先行上陸時にすでにNOSE SHOPで展開された全27ブランド中、人気トップを獲得していた。
その理由は、日本の香水愛好家の成熟度にある。かつて「香水砂漠」と呼ばれた日本だが、NOSE SHOPをはじめとするニッチフレグランス専門店の登場により、香りの知識と感受性が飛躍的に高まった。
今や日本の愛好家は、単なる心地よさではなく、コンセプト性や芸術性を評価する目を持っている。

「心地よくない」という評価が、むしろ芸術性の証明になる
L’Entropisteの香りは、国際的な批評家の間でも賛否が分かれる。特に興味深いのは、”Semence Douce(スマンス ドゥース)”に対する評価だ。
一部のレビュアーは、この香りを「フォトリアリスティックで深く心地よい」と評し、カモミールティーやハチミツのような柔らかなオリエンタルな印象を感じている。
一方で、他の批評家は「合成的で、荒く、引っかかるようなエッジがある」と指摘する。グリーンチューリップの香りに強いサフランとオゾン感が加わることで、着用者によっては不協和音を感じるのだ。
しかし、この「相反する評価」こそが、ドゥショフールの意図した「意図的な緊張感」の証明なのだ。
香りは自然な領域と抽象的な領域の間で揺れ動くように設計されており、着用体験が動的で不安定であること、つまりカオス的な中間相を保証している。
参考:L’Entropiste by Bertrand Duchaufour: The Collection of Six Fragrances Reviewed
“Ensang Noir”に見る、「不均衡」の美学


ブランドのもう一つの代表作”Ensang Noir(アンサン・ノワール)”は、ゴシック様式の城、黒インクで書かれた恋文、未完成の手紙に付いた赤い染みといったイメージを喚起する。
この香りの構造には、キュウリとキャラメルという型破りな要素が含まれている。
キュウリは水っぽさと青臭さ、そして冷たさをもたらし、「氷のようなインセンス」の効果を強める。一方、キャラメルは焼けたような甘さとして機能し、初期のカオス的なフェーズから安定したベースへと移行するための深みと引力を提供する。
国際的な批評家Persolaiseは、この作品をフレデリック・マルの象徴的な”Portrait Of A Lady”に対するドゥショフールの「回答」として捉えている。
しかし単なる模倣ではなく、「雪の女王」のような、異様で孤高の人物を思わせる冷たさを持つ、独自の世界観を構築している。
参考:Ensang Noir L’Entropiste perfume – a new fragrance for women and men 2025, Brioni Les Extraits, Chanel Pour Monsieur, L’Entropiste Ensang Noir and other reviews
“Dawn Whispers”と”Jodhpur 6AM”。予期せぬ展開が生む、動的な美しさ
“Dawn Whispers(ドーン ウィスパーズ)”は、「予期せぬ二重性」によって定義される香りだ。初期段階はシャープで冷たく、金属的かつ合成的なエッジを持ち、厳格で着用が難しい印象を与える。その後、ムスクとアンバーによって温かさを増し、ラクトニック(クリーミーで酸っぱくない)な質感が現れ、パウダリーで穏やかに甘い最終的な調和の段階へと安定的に移行する。
一方、”Jodhpur 6AM(ジョードプル 6AM)”は、コレクションの中で最もフルーティーで「遊び心がある」と評されている。甘いアプリコットで始まり、ジンジャー、ブラックティー、カルダモンが加わり、エネルギーを加速させる。その後、トロピカルな喜びのような第二のフルーティーさが現れることで、一部のレビュアーには「少し酸っぱく、少し散漫」に感じられる。
しかし、この「散漫さ」は欠点ではない。香りが線形的な進行を拒否し、迅速でエネルギッシュな移行と、衝突するフルーツのプロファイル(甘さと酸っぱさ)を通じて動的な動きを生み出す、カオス的な中間相の直接的な表現なのだ。
参考:L’Entropiste by Bertrand Duchaufour: The Collection of Six Fragrances Reviewed
ジャコメッティの彫刻から着想を得た、動的なボトルデザイン
wikiart.org
L’Entropisteのボトルデザインは、芸術家アルベルト・ジャコメッティの代表作『歩く男』から着想を得ている。
屈折した躯体は、歩みの一歩ごとに訪れる不均衡と再調整のプロセスを表現し、「動きの中のバランス」を造形化している。
また、パッケージングには世界の主要な美容ブランドにキャップを提供するAxilone Groupが採用されており、物理的な製品のプレゼンテーションが香りの本質的な価値と芸術的志向に適合することが保証されている。
視覚と嗅覚の両面から、ブランドの哲学が一貫して表現されているのだ。
参考:Axilone – Luxury Cosmetic Packaging
€295.00という価格が意味するもの。芸術性と排他性の戦略
L’Entropisteの価格帯は、最高€295.00(日本では50ml 39,600円)に達する。これは、AmouageやFrédéric Malleといったハイエンドの芸術的ニッチセグメントと同等の価格だ。
この価格設定は、ブランドの戦略を明確に示している。L’Entropisteは、大量生産や広範な人気を目指していない。
むしろ、独占的な芸術性と高度な知性を売りにし、複雑さ、物語性、そして芸術的な挑戦を求める、最も要求の厳しいニッチ市場の愛好家層を直接ターゲットにしている。
ドゥショフールは、自身の名声と、複雑で唯一無二の処方箋が持つ嗅覚的な知的財産に依拠して、このプレミアムな価格を正当化している。
それは、選りすぐりの高級小売店を通じた限定的な流通に焦点を当てることを可能にし、ブランドの排他的なニッチアイデンティティをさらに強化している。
参考:L’Entropiste: Avant-Garde Niche Perfumes – 50 ml
ディスカバリーセット。6つの「嗅覚実験」を体験する意味
L’Entropisteの香りは、即座に快適な着用感よりも、概念的な物語の展開を優先している。カオス的な中間段階を経験し、新しい調和が訪れるのを待つという、時間的、精神的な忍耐が求められる。
だからこそ、ディスカバリーセット(2ml × 6種 11,000円)は、単なるお試しセットではない。
それは、ドゥショフールが導く6つの嗅覚実験、欲望と退廃、死と官能、宇宙と記憶といったテーマへの入り口なのだ。異なる重力を持つ香りたちが、不可視の秩序に従い一つの箱に共存している。
参考:L’Entropiste by Bertrand Duchaufour: The Collection of Six Fragrances Reviewed
「完璧さ」を疑う勇気。ラントロピストが示す、香水の未来
香水を選ぶとき、私たちはつい「心地よさ」や「使いやすさ」を求めてしまう。しかし、人生において本当に記憶に残る瞬間は、完璧に調和の取れた時ではなく、むしろ不均衡や緊張感を経験した時ではないだろうか。
L’Entropisteは、劇的な香りの変遷、概念的な不協和音、意図的なテクスチャの粗さによって、従来のニッチ香水における「バランス」と「着用性」の規範に挑戦している。
そのすべてが、真の調和は無秩序を通過した旅の後にのみ出現するというドゥショフールの主張を証明している。
不均衡を恐れず、カオスを受け入れ、その先に訪れる新しい調和を待つ。それは、香水という枠を超えた、生き方そのものかもしれない。
ベルトラン・ドゥショフールが40年のキャリアを結集させたこのブランドは、香水芸術の未来を示す大胆で哲学的な存在として、私たちの記憶に刻まれていくだろう。
参考:L’ENTROPISTE: New Niche Brand by Bertrand Duchaufour
L’Entropiste(ラントロピスト)香水 商品情報
- 発売日: 2025年12月12日(金)
- 価格: オードパルファム(6種) 各50ml 39,600円(税込) / パフュームキット 2ml × 6種 11,000円(税込)
- 取扱店舗: NOSE SHOP 新宿、NOSE SHOP SLOPE、NOSE SHOP 大阪、NOSE SHOPオンラインストア
